2018年センター試験「国語」過去問解説

2018年センター試験「国語」過去問解説

2018年センター試験「国語」過去問解説

納得できる解説

こちらは完全に、みなさんが一度問題に取り組まれたことを前提に解説しております。

ですので、文章や設問をわざわざ読み直すなどしていません。

また、お手元に問題を準備していることを前提に解説してます。過去問は公式のセンター試験のページからダウンロードできますので、そちらをご利用ください。



再生リストはこちらから

再生リストでごらんになりたい方は、下のボタンをクリックしてください。

ユーチューブ・ページに移動します。


2018年センター試験「国語」過去問

各問 全問解説はこの下です

(※画像右下のボタンで、全画面表示できます。

また、もう一度見る場合は左下のもう一度見るボタンを押してください。パソコンでご覧の方は、カーソルキーの「←」ボタンで15秒巻き戻し、「→」ボタンで15秒早送りができます。)


第1問 評論

問1 漢字 7分17秒

漢字問題は、漢字そのものが正確に思い出せなくても、意味の上から正解を判断することができます。ふだんから漢字そのものの意味に意識を向けておくとよいでしょう。センター「漢文」対策にもなります。

 

 


(ア)「意匠」は「趣向、デザイン」というような意味です。

「匠(しょう)」は訓読みで「匠(たく)む」と読むこともあり、「考えや技術をこらして何かをつくり上げる」・・・というような意味を持っています。

 

選択肢の「ショウ」の中でこのような意味を持ちそうなのは、②「巨匠」

「匠(たくみ)」が、優れた技術を持ち、何かをつくり上げる人のこと、というのはわかりますね。

 

①「高尚」の「尚」は、「たっとぶ」というような意味もあるそうです。

③「交渉」の「渉」は、「渉外(外部と連絡交渉すること)」などの語にも使われています。

④「昇格」の「ショウ」は、もちろん「昇(のぼ)る」です。

⑤「戸籍抄本」の「抄」は、「ぬきがき」という意味です。結構よくみますよ。

 

 

(イ)「前例をふむ」などの言い方をしますね。

③の「踏襲」が、この意味で「踏(む)」という字が使われています。

 

①「急騰」・・・「沸騰」の「騰」

②「登記」・・・「登録(とうろく)」もこの字でした。

④これは「陶器」ですね。

⑤「搭乗」・・・「搭」も「のる、のりこむ」の意。似た意味の漢字が並んだ熟語です。

 

 

(ウ)「電池」の言葉の中に「池(いけ)」があるのを不思議に思ったことは、ありませんか?

化学を履修している方はご存知でしょうが(一応、中学理科でも習っています)、初期の電池は「水」溶液に金属板をつけることで、エネルギーを取り出していました。

⑤「乾電池」は、水溶液でなく「乾いた」状態で使えるので便利ですね。

 

①「緩和」・・・「緩(ゆる)やか」      ②「歓迎」・・・「歓(よろこ)ぶ」

③「果敢」・・・「敢(あえ)て」      ④「干拓」・・・「干(ほ)す」

 

 

(エ)これは選択肢の方から行きますね。

 

①「切断」の「セツ」は「切(き)る」は明らか。

②「折衝」の「セツ」が「折(お)る」も出てくるでしょう。

③「窃盗」の「窃」にも、「ぬすむ」という意味があります。漢字がはっきり思い出せなくても、このような漢字を使っていたことは思い出せるでしょう。

④「雪辱」の「セツ」は「雪」。この字には「雪(そそ)ぐ、洗い清める」というような意味もあるそうです。

 

「摂理」は、「世界のすべてを導く神のはからい」のような意味で、西洋文化が日本に入ってきたときにこの言葉が使われるようになったのでしょう。

 

「摂」は「摂(と)る」。

⑤「摂取」の中でも使われています。

 

 

(オ)「洗練」・・・「洗(あら)う、練(ね)る」、この字を使うだろうということでいいですね。②「洗浄」です。

 

ここら辺は、ここまで確認しなくてもいいような気がしますが・・・

①「旋律」・・・「旋」はもともと「めぐる」という意味で、「旋回」などの語の中にも使われています。

②「独占」・・・「占(し)める」      ③「変遷」・・・「遷(うつ)る」

④「潜水艦」・・・「潜(もぐ)る」

問2 理由説明問題 11分57秒

「消去法に頼るな!」

 

消去法は最後の最後の手段です。

 

想像できると思いますが、イケてない国語の先生ほど内容をしっかり説明できないで、答えみてから、それっぽい理屈をこじつけて・・・

「このように、消去法で答えを導けます。」・・・なんて、役に立たない解説をしています。


 

 

それでは問題に入ります。

まずは、本文の内容からです。なかなか難解な文章ですね。

1文ずつ区切って読んでいきましょう。これだけで、かなり読めるはずです。

 

冒頭で「講義」の例が与えられています。

 

ここで大切なのは、この講義の例は・・・

 

・・・あくまで、「例えばの話」です・・・

 

筆者がもっとも伝えたいこと(テーマ)は、講義の在り方がどうのこうの・・・ではない、ということです。

(こういうのは、「接続詞に注目して、どうの・・・」などの安易なテクニックではなく、しっかり読んで判断することです。)

 

 

みなさんにとって、「講義」はイメージしやすいものなので、そちらに気が向いてしまうかもしれません。そこに、気を付けましょう。後で、そういう問題(間違った選択肢)は、出てくるはずです。

 

そして、問2

 

傍線部A「・・・言いにくい。」とあるが、それはなぜか。・・・

 

・・・と理由を問われています。

 

ここで・・・

 

・・・絶対に選択肢をみてはいけません。・・・

 

 

ある程度、本文の内容から自分でこの問われている「理由」を考えてから選択肢をみるようにしましょう。

 

どの程度まで考えられるかは、その人によって違うでしょうが、あやまった選択肢をみてよけいな印象を持ってしまうことは、百害あって一利なし、です。

 

 

傍線部A自体が漠然(ばくぜん)としすぎていて、まだよくわからない、・・・というのも、もっともなのですが・・・ある程度は、意味をとっておかないと始まりませんね。

 

「素朴に不変な実在」・・・「講義」とは、こういうものである。

・・・というような誰にでも、どんな状況でもあてはまる「定義」のようなものはない、ということです。

 

第三段落2行目「・・・となる知恵である。」までの文は、「講義」という具体例についての記述、そしてそれに続く文が講義という例についてのまとめ、だとはわかります。

 

それに続く1文1文が、傍線部Aの理由と考えていいでしょう。

 

「・・・たくさんの解釈に開かれている。」「・・・一意には定まらない。」

 

まだ漠然としているかもしれませんが(しかたないと思いますよ…)、ここら辺が「・・・素朴に不変な実存とは言いにくい。」理由として、よさそうです。

 

そろそろ選択肢をみてもよさそうです。

 

①・・・もろに「講義」そのものに注意が向いている選択肢です。細かく検討するまでもなく×。筆者の主張はより良い「講義」について、考えているのではありません。

 

②・・・これが正解です。

そもそもの話ですが、②の後半部と傍線部Aをつなげてみましょう。

 

「私たちの理解する世界は、その解釈が多様な可能性を持っており、一つに固定されたものではないから、講義というような、学生には日常的なものでさえ、素朴に不変な実在とは言いにくい。」

 

・・・どうでしょうか?

 

何を言っているか、十分にわかりますね。・・・だからこれが正解です。

(他の選択肢をつなげると、わかるようなわからないような文になります。)

 

それどころか、少し意味のとらえづらかった本文の内容もみえてきます。

 

優れた国語の授業や試験問題というのは、このように、難解な文章でもみなさんが解釈できるように導いているものです。

 

さらに、この選択肢でよいことを確認しておきましょう。

選択肢の中の記述と、本文の内容が完全に一致していることを確認しましょう。

なお、選択肢はすべて「ように」の部分が共通していて、その前に「講義」という具体例、その後に設問に合わせた理由になっている、ことにも注目です。

 

 

選択肢の記述『学生にとっての授業のとらえ方が様々に異なる』は、本文の「以上のような多様なとらえ方が可能である」に対応しています。

〔三段落.三文目、四文目〕(講義の語りの部分だけに注目してみても)ある生徒にとっては先生が独り言を言っているようなものだし、またある生徒には現実的に役に立つ知恵・・・まさに、講義の語りの部分だけに注目してみても、とらえ方は様々です。

この内容は、三段落の最後でも繰り返されていますね。

 

 

また、『私たちの理解する世界は、…』そよび、

 

『その解釈が多様な可能性を持っており、』→〔三段落・6文目〕

『一つに固定されたものではない』→〔三段落・7文目〕

・・・の内容に、見事に一致しています。

 

 

まちがっている選択肢にも、そこに載せられる意味があります。

それを確認することで、確かめとしましょう。

 

③・・・これも、①と同じくそもそものところで、学生の学習効果なんかに、筆者の関心はありませんよね。この選択肢を消すことによって、そのことを確認できます。

 

④・・・本質的には①③と、同じ系統ですね。筆者は、講義などを『有益な存在』とすることに主眼を置いているのではありません。

あくまで「講義」は、例です。

「授業者の冒頭の宣言」だけでも「講義」の意味を変える。

・・・大切なのは、そのことです。

 

⑤まず『再現性』など、まったく触れられていないのでそれだけでこの選択肢は消してかまいません。

さらに、この選択肢の間違い探しでけっこういろいろなことが確認できます。

 

『特定の場』とありますが、本文で筆者は「世界」「日常的」などの言葉を使い、これから筆者が論じようとしていることはあまねく人間社会一般に通じることとしているので、まったく筆者の意図に反します。

 

さらに前半の講義の具体例についての記述にも違和感があります。

授業者の冒頭の宣言で変わるのは受講者の「心構え」です。

「ふるまいの変化」とまで言っていいのか?・・・という違和感です。

 

実は次の問題は・・・

「物の形の変化」→「ふるまいの変化」→「こころの変化」というトピックが出てきて、その中で「ふるまいの変化」はそれほど重要でなく、大切なのは「こころの変化」というのが解答のカギとなる問題です。

 

私独自の考えですが、この選択肢は「ふるまい」と「こころ」を区別する、という視点を持てるようにとした、出題者側のアシストだと思います。

問3 空欄補充問題 10分34秒

国語専門の先生によりますと、空欄補充どころか、図が与えられていること自体、今までなかったそうです。

いわゆる、新傾向・新学力観とよばれる問題です。富士宮教材開発の得意分野ですね。

 

この問題の関連部分にある「アフォーダンスの考え方」・・・って、いったい何なんでしょうね。なんとなくは、わかりますが・・・

 


 

今回は問題文自体、誰が何と言おうと難しいです。(優秀な大手予備校の国語の先生方も、「自分たちの指導通りに読んでいれば、簡単に読めるはずだ」という立場をとらざるを得ないため、簡単だったといってますが、本当は彼ら彼女らも難しいと思っているはずです。)

 

根本的なことなのですが…

優れた「国語」の授業というのは、難解な文章を生徒さんたちが解釈できるようになるすべを与えてくれます。(みなさんの通われている高校の国語の授業が、そうであるといですね。)

 

それと同じく、優れた国語の試験問題というのは、難解な文章を生徒さんたちが解釈できるように、優れた設問で導いてくれます。

特にセンター試験は、完成度の高いすばらしい問題です。

 

 

問題に戻りましょう。

 

センター試験を信じていいです。そんなに意地悪いことをしているはずがありません。

6ページだけで、考えていいです。

 

前ページの後半で、筆者が考える「デザイン」の定義について説明しています。

筆者も、さすがにこれではよくわからないだろうと、思ったのでしょう。

 

6ページで、具体例で説明しようとしています。

 

10段落・1文目〕

「今とは異なるデザインを共有するものは、・・・」

→まぁ、きっと、「新しいデザインができると・・・」くらいの意味でしょうね・・・

 

「今ある現実の別のバージョンを知覚することになる。」→これが、筆者がここでもっとも伝えたいことであり、問3で問われているものです。(なぜ、そう言い切れるか?は、あとで説明します。)

 

6ページで注目すべきところは・・・

 

12段落〕

「物の物理的な形状の変化」は人の「ふるまいの変化」につながる。

 

13段落〕

「ふるまいの変化」は「こころの変化」につながる。

 

まとめると・・・

 

「モノの形状の変化」→「(人の)ふるまいの変化」→「(人の)こころの変化」です。

 

なぜ、ここに注目すべきだとわかるか?については・・・それは、そうでしょう。

こういうところを問題にしやすいはずです。

 

「モノの形状の変化」とは、ここでは湯飲み茶碗に持ち手を付けることですね。

これが、「今とは異なるデザインを共有する」の具体例です。

 

それがどのように「今ある現実の別のバージョンを知覚することになる」のか?

ここの下りで、筆者は説明しています。

(・・・とはいえ、もっとわかりやすく説明してもらいたいものですね。

もっとも、よくわからない内容なので、問題の出題者はここで出題して、内容を整理させようとしています。)

 

 

ここで「知覚する」というのは、「こころの変化」のことだと気づけるといいですね。

知覚する、というのは、実際に何かする、ということではないです。

 

「モノの形状の変化」→「ふるまいの変化」→「こころの変化」において・・・

 

途中の「ふるまいの変化」はそれほど重要ではなく、大切なのは「こころの変化」・・・

 

・・・すなわち、実際に行動を変えることが重要なのではなく、行動を変えることもできると「知覚する」ことが大切だといっているのでしょう。

 

とはいえ、本文だけでここまで解釈するのは、ちょっと大変でしょう。

その分、四人の生徒たちが話していると考えるべきですね。

 

設問に戻ります。

 

注目すべきは(本当にこういうところに注目しないといけませんよ。基本です)・・・

 

上の生徒A,B,C,D・・・すなわち、どの言葉を誰が言っているかです。

 

空欄以降をみると・・・

 

まず生徒Cの発言の中に空欄があり、

 

生徒Dがそれを受けています。

 

さらに生徒Dに対し、生徒Cが、「まさにそのとおりだね。」と、いっています。

 

生徒Dは、生徒Cの言っていることを正しくまとめたということです。

 

 

そこで、生徒Dの発言をみると・・・まさに十段落の冒頭部分(先に注目しておきましょう、とした部分)が、「  」で示されています。

 

生徒Dの発言は、生徒Cの発言がこの評論の筆者の主張と合致していることを確認する発言です。(・・・と、いうことは、生徒Cの発言の方がこの評論筆者の言葉より、きっとわかりやすいでしょうね。)

 

生徒D内のこの評論筆者の記述と生徒Cの発言を対応させましょう。

 

生徒D「今とは異なるデザインを共有する」

→生徒C「デザインを変えたら」

 

続く「扱い方を・・・ではなくて、」の部分は「ではなくて」の部分なので、無視していいです。いっそのこと、塗りつぶしましょう。(この部分は①への誤答を誘導しているのでしょうね。)

 

生徒D「今ある現実の別のバージョンを知覚することになる」

→生徒C・・・これが答えとなる空欄部です。

 

⑤が正解です。

『形を変える以前とは異なる扱い方ができる』→「今ある現実の別のバージョン」

『気づく』→「知覚する」・・・と、完全に対応しています。

 

他の選択肢を確認しておきますと…

 

「知覚する」=「こころの変化」の方でずらしてくるかな?と、思いましたが、こちらは案外、問題ないようですね。(それぞれ『わかる』『知る』『実感する』『意識していく』)

 

と、すると・・・

 

「モノの形状の変化」→「ふるまいの変化」→「こころの変化」

の「ふるまいの変化」の方に問題があるでしょう。

「今ある現実の別バージョン」=「ふるまいの変化」です。これについては言えていなくてはいけません。

 

 

各選択肢の「ふるまいの変化」の部分(先にみた「こころの変化」の上にある記述)をみてみると、①③④は「ふるまいの変化」になっていないとわかりますね。

②は『無数の』がまちがい。例の湯のみでみても。湯飲みに持ち手を付けたからといって、扱い方が無数に生まれるわけがないですよね。

 

なお、②の『無数の』を『異なる』と言い換えると、⑤とほぼ同じ内容になっていることがわかります。

正答である⑤を少し言い換えてつくられた選択肢だということです。

こういうことを判断の頼りにしてもいいでしょう。

問4 理由説明のような内容説明 9分42秒

理由を問われていますが、おそらく(おそらくというのは、この問題を最初にみた段階で…)理由説明問題、というよりも内容説明問題でしょう。

 

そう言えるのは、傍線部の中に「このこと」って、あるからです。

「このこと」とは何かを、正確にとらえられるかが、この問題の主眼になるでしょう。


 

問題文に戻って、そこから考えてみましょう。

 

まず、「このこと」が何を指しているか?(ここで、解説読むのを止めて、自分で考えましょう。)

 

わかりましたか?

 

 

 前文の「人間はいわば人間が・・・知覚し、生きてきた」の部分です。

 

さらにこの中の、わざわざ「  」で示されている『デザインされた現実』が、何を指しているか考えてみましょう。(これも、まず自分で考えてみましょうね。)

 

わかりやすく「~な現実」で結ばれています。

 

「自分たちの身の丈に~オーダーメイドな現実」の部分です。

 

「オーダーメイドな現実」は、特徴的な表現ですね。

 

これと対になるようにその前に「レディメイドな世界」と、あります。

 

レディメイドは聞いたことがないかもしれませんが、レディはready(準備ができた→用意された)という意味でしょう。ここら辺は、知らなかったとしてもテスト本番で絞り出しましょう。

 

 

私たちが住まう現実(世界)は、「レディメイドな世界」でなく、「オーダーメイドな現実」です。

・・・これは、解釈できそうですね。

 

私たちのこの人間社会は、何かから準備され、最初からあったものではなく・・・自分たちの手でつくり上げてきたものである・・・と、いうような意味でしょう。

 

 

これでもう、選択肢をみていって大丈夫でしょう。

 

選択肢をみると、すべて・・・

「・・・・・・。そのため、人間を記述し理解する際には、~~~~~~。」の形になっているのがわかります。

 

そして、『・・・・・・。』の部分に「『このこと』の内容」

『~~~~~~。』の部分が「どうしてそのように考えられるかの理由」がきている形です。

 

そして、おそらく前半の「『このこと』の内容」のほうが、この問題のきもで、後半の「どうしてそのように考えられるかの理由」のほうは、あたりはずれのないようなものになっているでしょう。

(この部分で「理由」を問われても、かなり難しいです。この問題は「このこと」を正確につかませることによって、選択肢から受験者に本文の内容理解を進められるように補助する意図のある問題です。)

 

では、『・・・・・・。』の部分の「『このこと』の内容」に着目して、選択肢をみていきましょう。

 

①②とも、よくわからないですよね。

「よくわからない」という理由で、間違いとしていいです。

正しい選択肢が、よくわからないなんてことはありません。

 

③をみてみましょう。これでよさそうですね。何よりも、何を言っているのか、よくわかります。

 

正解だということを確認しましょう。

『選択肢の記述』→「本文の記述」 の順に示します。

 

『自分たちが生きやすいように』→「自分たちの身の丈に合わせて」

『既存の秩序』→「レディメイドな世界」

『改変してきた』→「あつらえられた」

 

・・・お見事!・・・といいたいくらいの言い換えですね。

 

付け加えれば、

『人間の文化的実践によって生み出された場』の部分も、

「文化や人工物の利用可能性や、文化的実践によって変化する、・・・オーダーメイドな現実」に対応します。

 

 

『~~~~~~。』の部分も確認しておくと・・・

 

選択肢の中の『自分たちの生きる環境に手を加え続けてきた人間の営為』とは、まさに本文中の「人間の文化と歴史」そのものです。

これらのものが、『人間を記述し理解するうえで、大変重要』・・・と、いうのは、まったくそのとおりですね。

 

一応補足しておきますと、他の選択肢で間違いと判断しやすいところは(公の試験なので、そういうところは絶対にあります。ただし、こんなものに頼らないように・・・)

 

①現実を人間にとって常に工夫される前の状態、またはそれに準じるもの、としているところが×。

②「どうしようもないと思われた運命や限界」・・・はっ?!なんのこと?・・・×

④「特定の集団」・・・別のところで、そんな話もありそうですね。×

⑤「人工物をデザイン」・・・に違和感ありますね。8段落に戻ります。『環境』の改変(加工)を『デザイン』、そしてデザインされたものを『人工物』と定義していました。ここで×にできますね。

さらには、人工物の再人工物化の繰り返しを重視しています。これは『改変』といえますね。選択肢のように『生み続ける』ではありません。(そういえば、この問題の絶対不可欠なキーワードは『改変』です。その類の語は③にしかありませんね。)

問5 内容説明 9分51秒

なかなか難しそうな問題です。

 

・・・自分に厳しく。それでも選択肢は先にみない。・・・徹底しましょうね。

 

まず、どういう問題か?考えましょう。

 

おそらく、「必要性」について答える問題ではないでしょう。

 


『それはどういうことか』と、問われています。

 

 

 

「『心理学』はこいうものであり、『心理´学』はこういうものである。」・・・という説明になるだろう、と予想できます。(つっこまれるかもしれませんが、それは・・・予想できるさ・・・)

 

 

そして、傍線部Dの直前、18段落に『心理学』の説明、

傍線部Dの直後、19段落に『心理´学』の説明が加えられています。(うまくできてますね。)

 

 

18段落『心理学』から、みてみましょう・・・

18段落4文目、心理学が批判されてきたポイントは『このこと』の無自覚と、あります。

 

『このこと』は、何を指しているでしょうか?

 

・・・その前の文の「それが人間の基本条件だ」・・・の部分ですね。

さらに、この文の『それが』は何を指しているか?

 

18段落1文目の「人間は・・・し続けるだろう。」です。

『心理学』は、このことに無自覚なので問題がある、と筆者は考えています。

まだまだ、ちょっとパッとしませんが、とりあえず、次に行きましょう。

 

 

次に19段落『心理´学』についてみてみましょう。

5文目にしっかり結論が言われています。

 

「この『心理´学』」とは「文化心理学」のことだそうです。

「この『心理´学』」と「文化心理学」、両方、確認していきましょう。

 

 

まず「この『心理´学』」から・・・

前文の「文化歴史的条件と不可分の一体である『心理´学』」でいいですね。

 

この、「文化歴史的条件と不可分の一体である」が少しわかりづらいですがその前文で「(人間性は、)社会文化と不可分のセットで成り立っており、」と説明されています。こちらの説明は、わかりますね。

 

最後に、「文化心理学」についてまとめられ、この文は閉じられています。

 

少し長くなりましたので、こんがらがらないうちにそろそろ選択肢に移りましょう。

 

上で確認した『心理学』の問題点と、『心理´学』の特徴を見直してから、選択肢へどうぞ・・・

 

 

①先ほど『心理学』の解釈は、まだまだ、わかりづらいなとは思っていましたが…こう来たか・・・と、いったところです。

 

『心理´学』は「文化歴史的条件と不可分と一体」とされています。

 

よって、それと対である『心理学』はそうではない、ということですね。

まさに、この選択肢の前半の記述に言われているとおりです。

 

先ほど18段落で追っていった「このこと」「人間の基本的条件」の内容は、あいまいでしたが、まさにこの言葉に言い換えられます。

 

つづく「私たちの・・・不十分であり、」の部分も、問題ありません。

 

さらに、18段落の分析はいらなかったのか?というと、そうでもなく、・・・まさかのクロスパターンですね。

逆説的に『心理学』についての記述が19段落にありました・・・同じように、『心理´学』についての記述が逆説的に18段落にあるパターンかもしれません。

 

見事に一致しています。

選択肢『自らがデザインした環境』、というのはまさに18段落中の「環境′」のことですし、『影響を受け続ける』も「(環境´の中を)生きている」ということもできます。

 

そのことを・・・『心理学』は、人間の基本条件であることに無自覚でした。

『心理´学』は、人間の基本条件と考える、ということですね。

(これらの内容は、19段落でも繰り返されていますね。)

 

『文化と心理を一体として考える』も、前後の文からも読みとれますが、「文化心理学」の語だけでも言えています。

 

・・・というわけで①が正解です。

 

他の選択肢は別にいいかな?・・・とも、思いますが・・・一応、みていきましょう。

 

消去法のように、どこが違う、ここが違う・・・ではなく、全体的にどう違うか?に注目してください。

 

②(あくまでも筆者の見解ですが)『心理学』は、「無印の行為」と「ダッシュのついた行為」に無自覚(=気づけていない)のです。「みなして」「想定して」というレベルに達していません。

 

③・・・さすがに、ここまで来て動物や動物実験はないでしょう。確かに動物も少しは出てきましたが・・・

 

④後半の『デフォルト』の語の含まれている部分が、まったく意味が分かりませんよね。

それもそのはず・・・それっぽくしているだけで、まったく意味のない文です。

 

17段落をもう少し、解釈していてもいいでしょう。

人間は自らがデザインした環境(人工物)の中にいるのでその行為は無印の行為(原行為)ではなく「行為´」である、というのがこの部分の趣旨です。

その中で、人間はまた新たに環境をデザインし続けています。

 

環境と人間の相互作用(interact)が、筆者の論の大きなポイントでもあります。

 

では逆に、さかのぼっていったら「原行為」といえるものはあるのか?・・・ない。

・・・というのが、ここでの主張です。

 

『デフォルトの環境デザイン』とは、それがあるのかどうかも不明な、最初の最初の環境デザイン。

・・・そんなものに対応させても、しかたないですね。

 

⑤「行為」と「行為´」のとらえ方、さらには、その差異を問題にしていることなど、まったくだめですね。

問6(ⅰ) 1分57秒

「適当でないもの」を選ぶので、これは消去法・・・というか、1つずつ検討していくしかないですね。

 

①その通りです。

②音というのは空気のふるえですからね。「講義」の現象面、だけみるとその通りです。

 


③「古典」というのは、代々読み継がれていく名作だという意味です。比較的「新しい」書物ではありますが、これから間違いなく読み継がれていく名作だと、筆者の最大の賛辞です。

④最初の「私たち」は筆者たち(2人の共著です)、さらには筆者たちと考えを一にしている人たちもいるかもしれません。

次の「わたしたち」は人類全般のことです。筆者たちだけでなく読者たちもそうなんだよ・・・って語り掛けてますね。

  

 

④が適当でないので、これが正解です。

問6(ⅱ) 5分44秒

「抽象」・・・辞書で調べるとその意味は「物事の共通点を抜き出して一般的な概念をつくること」と、あります。

①④に「抽象」の語がありますし、②の内容も「抽象」のことです。

 

やはり「抽象」という語の持つ意味を、しっかり押さえておく必要があるでしょう。

案外多くの人が、はっきりとわかっていないようです。


 

「抽象」の対義語が「具体」です。

 

簡単な例で説明します。

  

「みかん」「りんご」「バナナ」が〈具体〉とすると・・・

 

「果物」が〈抽象〉です。

 

 

「みかん」「りんご」「バナナ」⇒「果物」・・・を〈抽象化〉

「果物」⇒「みかん」「りんご」「バナナ」・・・を〈具体化〉・・・といいます。

 

また、ここでいう「抽象」「具体」は、何が抽象で何が具体化、など決まっているものでなく、あくまで相対的なもので、例として・・・

 

「動物」⇔「犬」⇔「ミニダックス」⇔「しょうくん」(「しょうくん」はうちのペットの犬のことです。)

 

これにおいて左に行くほど「抽象的」であり、右に行くほど「具体的」・・・といえます。

 

例えば「ミニダックス」は、「犬」に比べれば具体的ですが、「しょうくん」に比べれば抽象的です。

 

 

問題に入りましょう。

 

この文章は確かに「講義」「湯飲みに持ち手を付ける」などの具体例が特徴的です。

「ビーチサンダル」や「本のページ」などの具体例も印象的でした。

 

これらの具体例をはさみながら、筆者は論を展開しています。

 

ただし②のように、共通点を見出しているわけではないですね。

 

「デザインの定義」→「心理´学の定義」と、論を展開しています。

まさに「抽象度を高めて」いっている、とういう表現がピッタリです。④

 

①「最後に該当例を挙げて」②「結論部で反対意見への反論」も、そのようなものは見当たりません。

何より「統括」っていうのは「まとめ」のことですよね。

筆者の論の結論ともいうべき「文化心理学」という用語がやっと出てきて、どちらかというと、これから本題(文化心理学についての説明)が、始まりそうですね・・・


第2問 小説

問1 語句問題 (ア)2分48秒

小説文も一通り問題に目を通してから、設問に取り組むようにしましょう。

特にリード文があるときにはそのリード文が大切です。

リード文は問題を解くために必要だから与えられています。特に力を入れて読みましょう。

 

それでは設問1、語句問題からみていきましょう。

 


 語句問題で心がけることは、「辞書的な意味に頼っていい」ということと、誰が何と言おうとも「文脈に頼ってよい」です。

 

ただし、「あてはめて自然なもの」なんて、解き方をしないように。

(この解き方で通用するのは小学校のテストまでです。)

先に選択肢をみてしまうと、変な印象がついて高い確率でまちがってしまいます。

 

必ず自分で、わかりやすく言い換えるとどうなるかな?ということを考えてから、選択肢をみましょう。

 

(ア)辞書的な意味ですなおに「我慢できなかった」という言葉は、出てくるのではないでしょうか?

 

文脈をみても、主人公の郁子が憎まれ口をたたくことがよくあり、夫の俊介は「たまったものではなかっただろう」ですがいつも「黙り込む」だけでした。

 

俊介も、いつも「我慢」をしていたことがわかります。④

 

①が正解だとすると、俊介は本心は離婚したかったということになります。

文章全体から、絶対そんなことは・・・ないですよね。

 

③「合点がいかなかった」=「納得いかなかった」

いつも黙り込むのは、郁子の気持ちもわかるからでしょう。このときに限って納得できなかった、というのは変な話ですね。やはり、いつも我慢してたけど、それが積もり積もった・・・と考えたほうがいいでしょう。

 

④離婚を切り出しています。「気配り」がどうの?の問題ではないですね。

⑤「気持ちが静まらない」=「興奮しちゃってる」ってことです。

はっきりとは書いてありませんが、それに続く言葉も、俊介はどちらかというと淡々と語っているように思えますね。

問2 語句問題 (イ)3分49秒

「戦(おのの)く」

 

これに関しては、確かに自分で分かりやすく言い換えるすると②のような気がしてもしかたないですね。

それでも⑤もそれっぽいし、どちらが正しいか?・・・そこまではしぼれるでしょう。

 


「戦く」・・・一般的には「恐怖におののく」のような用例で使われますね。寒さや興奮でふるえるときにも使われますが、「恐怖」の方が先に連想されますし、何よりこの文脈とは関係ないです。

 

なお、この「戦く」は「戦慄(せんりつ)」という言葉で使われている「戦」です。「慄」という感じには「がたがた(ぶるぶる)ふるえる」という意味があります。「戦慄」は、似た意味の漢字を並べた熟語ですからそちらからも判断できます。(とはいえ、こっちは知らなくてもしかたないかな…)

 

どちらにせよ、「戦く」は「恐怖」と関連した語です。・・・ということで答えは⑤です。

(なお、辞書的な意味は「恐れて、ふるえる」です。)

 

なぜ②だと、ダメかというと(辞書的な意味にないから…なんて、ごまかさないので安心してください。)

一言でいうと・・・②では、弱いです。(設問にも、もっとも適切なものを選べ、・・・とありますね。)

 

主人公の郁子は、夫の俊介にいつも、ついつい憎まれ口をたたいてしまいます。

あるとき、夫の方が耐え切れなく、離婚を切り出します。

 

・・・それが郁子にとって、どういうことだったのか?

出題者は、この設問を通して受験者に確認させようとしているのです。

 

「とうとう夫がその言葉を言った」ということは郁子にとって「驚いてうろたえる」どころのことではなく、「ひるんでおびえる」ような出来事でした。

 

15行目「衝撃」=「ショック」=「感情が動くこと」なので、また18行目の「震える声」も、「おびえながら」に対応しているのもわかりますね。(他の選択肢も無理してつなげられないこともないですが、かなり弱いです。)

ここら辺の心情については、問2でも改めて確認します。

 

16行目「虚勢を張って」という言い方も、自分自身がひるんでいる全体の表現なので、やはり「おびえている」・・・と考えた方が自然でしょう。

 

郁子は自分が悪いことも自覚しているので①「勇んで奮い立つ」④「あきれる」は、ないですね。

 

③「慌てて取り繕う」は、感情にはなりませんし、「衝撃を悟られまいと虚勢を張って」・・・と重複してしまいます。

問1 語句問題(ウ)1分06秒

本当は本文に出てくる順に扱っていきたいのですが、軽いところなので先に済ませておきます。

 

「足枷(あしかせ)」などの語からもわかります。「制限がなくなる」という意味ですね。⑤

 

写真を見なかったのは、自分が「写真なんか見るもんか」と意固地になっていたからです。

 

自分で作っていた「制約」です。


その制約がなくなると・・・「幾度繰り返し見ても足りなかった」にピッタリつながります。

 

他の選択肢の検討はいらないかもしれませんが、文脈的に「幾度繰り返し見ても足りなかった」に、まったくつながりません。

 

①~④では、写真を見ることは見ていたけど、楽しくは見ることはできなかった、という意味になりますね。

 

郁子は、これらの写真を見ることを、ずっとやめていたことは明らかです。

問2 心情説明 16分27秒

改めてリード文からみていきましょう。一番力を入れて読むところです。

 

ここで問題。「主人公の郁子の年齢は?」

 

大事なことですよ。みなさん、ちゃんと考えましたか。こういうところが、勝負の分かれ目です。

 


郁子が結婚した年齢また息子が生まれた年齢、息子がなくなった年齢などわかりませんが、ある程度、推定できます。 

  

若く見積もって、根拠はありませんが、郁子が25歳位のころ息子を亡くしたと仮定すると、253560・・・60歳です。少なくてもその年齢の前後でしょう。

みなさんからすると、かなり高齢の女性ということになります。

ここら辺を確認しておかないと、なかなか物語の世界観に入り込めないですね。

 

息子を亡くして以来、夫婦ふたり暮らし・・・昨年夫が亡くなり、本文は郁子がひとりではじめて迎えるお盆の場面から始まります。お盆なので「夏」ですね。そういうところも確認しておきましょう。

 

 

本文に入りましょう。いきなり読解の重要ポイントです。

 

「おいしいビールを飲みながら・・・」

 

けっこう、独自の解説になるようですが、私自身はじめてこの文章を読んだとき、「こここそポイントだ!」と、ピンときました。

 

まさかみなさん、本当にいつもと銘柄が違ったり、高級な「おいしいビール」なんて、思ってないでしょうね。

 

これは・・・

 

「おいし『く』ビールを飲みながら、・・・」・・・という意味です。

ほろ酔いしながら、よい気持ちでビールを飲んでいるのでしょう。銘柄はいつもと同じでしょう。

小説だからこういう表現をしているとか、そういうことではなく、ふつうにこのような言い方はするものです。

 

 

この物語は、リード文で35年前に息子を亡くした、去年夫を亡くした、さらに本文でも亡くなった息子に関して夫とのいさかいなどにも触れられています。

 

しかし、けっして暗い話ではなく、「おいし『く』ビールを飲みながら、・・・」のシーンで始まるように、どちらかというと「ほっこり」した話だと分かります。

 

おいしくビールを飲みながら、夫とのことを回想しています。

その後「電車」のシーン、「夫の出身地」のシーン・・・と移ります。

 

おそらく、「いさかいもあったけど結局は、よかった」・・・というような話でしょう。

話が進むにつれて、主人公自身にも新たな発見もあるでしょう(だから小説になります)。

 

 

ここまでつかめれば、もう大丈夫です。残りの問題は、自然と解けます。

 

 

それでは問2をみてみましょう。

「なぜ郁子にはそのように見えたのか?」なので、郁子の心情説明問題です。

 

わかっているとは思いますが、写真の中の俊介が苦笑するわけないですからね。

「なぜ俊介は苦笑したか?」など、答えようがありません。

 

・・・失礼、訂正します、そこまで硬く考えることもない・・・というか、むしろ逆かもしれません。

 

郁子には俊介が苦笑しているように見えた・・・ということは、郁子には俊介がここにいたら苦笑するだろう、と思える理由があったということです。

 

 

ですからこの問題は「郁子の心の中にいる『俊介』の心情説明」の問題と思うとよいかもしれません。

(なんせ、ふたりは結局仲の良い夫婦です。)

ただし、この段階ではその方がよい、とは断定できません。

そういう視点もありだな、くらいに思っておきましょう。

 

 

小説問題ももちろん、先に選択肢をみてはいけません。

自分なりにある程度、答えを出してから選択肢と照らし合わせるようにしましょう。

 

 

「俊介が苦笑した(ようにみえた)」理由です。

 

何に対して苦笑したのか?

 

その直前にある、キュウリの馬をみながら郁子が考えてる内容に対して・・・ですよね。

 

ですから「キュウリの馬」に関する内容だということは確定です。

 

キュウリの馬と茄子の牛について、俊介の生前のエピソードものせられています。

1(イ)で焦点になったところです。

 

郁子は「馬に乗って、あの子(35年目になくなった息子の草)といっしょに行きたい。」

 

「打ち明けてしまった」という言い方や、「言った瞬間に後悔」などから、郁子にもそれが俊介にとって言われるといやなことだとわかっていました。

実際、俊介も無邪気な微笑みが消え、暗い寂しい顔になります。

 

なぜ、俊介が嫌な気持ちになるのか?・・・郁子の言葉の意味ですね。

「自分も死んでしまいたい」・・・と、言ってますね。

 

郁子はこのような憎まれ口をよく叩く性格のようです。

郁子は夫も、たまったものではなかっただろう、と想像しています。

 

夫の俊介は、いつも黙り込むだけでした。・・・この意味が分かりますか?

俊介は郁子がどれだけ憎まれ口を叩いても、受け入れ許していた・・・我慢していた・・・ということです。

(だから、「一度だけ我慢しきれなくなった」というエピソードも紹介されています。

郁子にとっては「ひるんでおびえて」しまうような出来事だったでしょう。)

 

 

もう少し解釈したいとも思いますが、この位で限界でしょう。

選択肢に入りましょう。

 

 

①郁子が夫を「今も憎らしく思っている」はずないですね。キュウリの馬に乗ってきてほしいと言っています。

 

後半にも違和感があります。確かに憎まれ口を叩かれたときは「嫌な気持ち」を持ったでしょうが、これでは郁子そのものに「嫌な気持ち」を持っていたことになってしまいます。

 

②「後ろめたさ」を感じていたのは夫ではなく、郁子の方ですね。夫に後ろめたさを感じる理由はありません。

けっこうひどいレベルの憎まれ口を、夫は受け止めてくれていたし、郁子にもその自覚がありました。

 

 

③おぉ~、なるほど・・・と、思える選択肢ですね。

 

郁子の「死にたい」という発言は、俊介からしたら自分ひとり残される、ということですね。

俊介からすると、そんな話は聞きたくない、という内容だったことは間違いありません。

 

それを今度は、そうと俊介がふたりでこっちに来てずっといればよい。

俊介の立場からすると…「君は身勝手なことばっか、いってるな」・・・と、思うでしょう。

 

さすがセンター試験です。私は、(そしてほとんどの受験生のみなさんも)最初に読んだ段階でここまでは読み取れませんでした。(優れた国語のテストは単にテストではなく、ふだん文章を読むときの力も育んでくれるものです。)

 

もちろん後半にも問題なく、この選択肢で正解です。

 

問題ないどころではないですね。この後半部分まさに『苦笑』の正しい意味になっています。

 

『苦笑』よりも『苦笑い(にがわらい)』の意味と考えた方が、みなさんには出てきやすいかもしれません。

 

辞書的な意味は「不快におもいながらも、しかたなく笑うこと。」

 

「不快におもいながらも」といっても、重い不快だけでなく、軽く不快なときにも使われます。

選択肢内の『あきれつつ』に対応していますね。

 

また「しかたなく笑うこと」も『受け入れて笑ってくれる』と、しっかり言えています。

 

むしろラッキー、と思ってください。

「苦笑い」の辞書的な意味が、正確に出てくるのが理想ですが、でてこなくてもしかたないです。

ここで、「苦笑い」の正確なニュアンスが手に入りました。これで、他の選択肢が消しやすくなります。

 

④「苦笑い」で消せますね。『皮肉交じりに笑っている』も違うといえば違いますが、もっと決定的に違うと言い切れるところがあります。・・・わかりますか?

 

『以前からかったときと同じように』・・・と、ありますね。

本文に戻って、どうだったかみてみましょう。

 

俊介はこのとき最初は、「無邪気な微笑」でした。(あっ!「苦笑い」の定義がなくても消せましたね。)

 

 

⑤『夫に甘え続けていたこと』・・・深読みすればですが、そう言えないこともないかもしれない、ですね。

ただし、かなりの深読みです。選択肢でそこまで求められることはあり得ません。

 

『今さら気づいた』・・・『今』とは、このビールを飲んでいるシーンです。ここで、何かに気づいた・・・ということはないですよね。何かの気づきがあるのは、次のシーンからです。

 

『頼りなさ』・・・あくまで、一般的に使われる意味で考えればよいです。

郁子が自分のことを、頼りない、と思っていることはないでしょう。

 

夫が亡くなって、悲しむべきところを、むしろ、怒っていましたからね。

(これを「頼りない」と、とれないこともありませんが、そこまで深読みを求められることはあり得ません。)

問3 心情説明 6分55秒

今さらですが、3つのシーンに分かれていることはいいですよね。

「ビールのシーン」「電車のシーン」「夫のふるさとのシーン」です。

 

そして、この問3は「電車のシーン」についての問題です。

 


設問は傍線部Bをきっかけとした、郁子の心の動きが問われています。

やはり選択肢は見ず、ある程度解釈を進めてから解答に入りましょう。

 

 

 

「ほっこり」エピソードですね。

 

妊娠4か月で、まわりが気づくということは、ふつうありません。(ですから、現在ではマタニティマーク、というものがあります。当時にはありません。)

 

この席に座っていた夫婦には、郁子が妊娠していることが分かりました。

きっと2人で、「あの女性、妊娠しているんじゃないかな」という話をしていたのでしょうね。

「経験者ですから」といってますが、きっと本当にご主人の様子からそれはうかがわれたのでしょう。

 

ものすごく「ほっこり」する話です。

きっと、これが答えに違いないです。選択肢をみていきましょう。

 

①言葉のかかり方に少し注意が必要ですが、これでいいでしょ。①が正解です。

「郁子の心の動き」→「三十数年前の自分(と夫)を思い出す」

 

②「物足りなく思っている」で、簡単に消せます。

 

③夫が「頼りなかった」という表現で消せますが、この物語全体のテーマが「夫、俊介」がどうのの話ではなく「郁子が、夫(俊介)との関係をどうとらえなおしていくか」になっています。

・・・この説明ではわかりにくいかもしれませんが、郁子の気持ちが向いているのはあくまで「自分自身」・・・ということはおさえたいですね。

 

④⑤も、同じです。

④「その不思議なめぐりあわせを新鮮に感じている」や⑤「時の流れを実感している」、ではなく、この物語は郁子が自分自身を見つめなおす物語です。

それをふまえても、やはり正解は①しかありません。

 

①が誤答(出題ミス)では?という声もけっこう上がったようです。

席を譲ったのは「年配の『夫婦』」ではなく「年配の『男性』」ではないか?という意見です。

これにより、④⑤を切り切れなかった受験生も多かったようです。

 

この意見に対しては、「そんな細かいことはいいんじゃない」・・・で済むかもしれませんが、私にとっては問2の選択肢と同じ「あぁ~なるほどな」という選択肢で・・・

 

ふつう妊娠4か月ははたからみて、わかりません。

 

この年配の夫婦の間に「ねえ、あの人妊娠してるんじゃないかしら」「そうだね、ご主人がひどくそわそわしてるね。」なんて、ほほえましいやりとりがあったことが想像できますね。年配の男性が単独でゆずったというよりも、やはり年配の夫婦が席を譲ってくれたというほうがよいでしょうね。(ちょっと、深読みしすぎかな?)

 

もう一つ判断の根拠があります。

 

設問は傍線部後の郁子の「心の動き」を聞いています。

 

郁子の心の中の描写は、どこにあるでしょうか。

 

今は「電車のシーン」です。

 

郁子の心の中の描写は傍線部直後まででは、ありません。

・・・この段落の、最後までです。(←おどろくところ)

 

傍線部の出来事で30数年前の自分に思いをはせ、電車内が落ち着いたところで写真の入った封筒を取り出し、心の枷が外れて毎晩写真を見るのが日課になった自分をみつめています。

 

選択肢①を選ぶとともに、改めてこの小説のテーマが、郁子が自分自身を見つめなおすこと、と確認することができます。

 

もちろん、こういう設問は、こういうテーマを確認させるためにあります。

問4 心情説明問題 5分39秒

その時の郁子の「心情」はどうか?と、聞かれています。

本文の中から心情を探しましょう。

 

ありますね、「強い驚き」です、その少し前にも「驚き」と、あります。

もうこれだけでも、答えはしぼれますが、もう少しみておきましょう。


 

何に対しての「驚き」か?

 

→写真の中の自分たち(郁子と俊介)が、楽しそうだったから驚きました。

 

 

 息子を亡くし、自分たちは悲しみの中で生きてきたと思っていたのに、楽しそうにしている写真がたくさんありました。

 

それでは選択肢をみていきましょう。

 

①最後の「そこにはどこかの幸せな夫婦が写っているとしか思われなかった」が×。傍線部で、それが自分たちであることを何度も確かめた、とあるのでちがいます。

何よりも「驚き」になっていないですよね。

 

②「思い知った」はかろうじて「驚き」と言えないこともないですが・・・それまでの記述が、ことごとく、本文から和読みとれない内容です。

 

③これも本文から読みとれない内容ばかりですし、何より「驚き」になっていません。

 

④これが正解ですね。「思いがけないものだった」=「驚き」・・・ピッタリです。

 

これも受験者の本文解釈を助けるための選択肢だと思います。まさに、ここに書いてある通りです。

 

息子の死、というのはもちろん大きく悲しい出来事で、そのインパクトが強く、自分たちの夫婦生活も全体的に悲しいものであったという印象を主人公は持っていましたが、そうでもなく、けっこう楽しいこともあったなと気づいたということです(どうしてもこういうのは解説すると安っぽくなってしまいますね。)。

この流れで、最後の「夫のふるさとのシーン」に続いていきます。

 

⑤「信じることができなかった」=「驚き」なので、この選択肢は細かくつぶしていきましょう。

 

『ともに深い悲しみに閉ざされた生活を送ってきた』→そう思っていたけど、そうでもなかった・・・というのが、この小説の大きなテーマです。

 

『互いに傷つけ合った』→ムキになってつぶすところではないかもしれませんが、どちらかというと、郁子が一方的に憎まれ口を叩いてましたよね。 

問5 心情説明 4分04秒

「その必要はありません」・・・ということは、もう満足できたからです。

 

何に対して満足したのか?→「・・・もしそうだとしても、もうそれをみつけたような感覚があった。」

『それ』のことですが、郁子もよくわかってないのに、我々にもわからないですね。

 

 

出題者を信じて理詰めで考えてみましょう。


 

 

「その必要」→「校内の見学の必要」ですね。

なぜ、校内の見学の必要がないのか?

 

106行目、今見ている高校の風景が自分の心の中から取り出されたように感じているからです。

 

ということは、・・・夫、俊介から聞いた話が郁子の中に保存されていた、ということですね。

三十数年間、いさかいの多かった夫婦生活でしたが、その中で積み重ねられたものが確かにあった、ということを郁子が実感する場面です。

もっとも、写真を届けに夫のふるさとを訪れたのも、そういう何かを実感したかったからでしょうし、思った以上に実感できた、ということでしょう。

 

選択肢をみてみましょう。

 

①後半の『今まで夫を憎んでいると思い込んでいた』、幻が『あざやか』だった、『夫をいとおしむ心の強さ』など、本文から読みとれません。

 

②まず『高校時代から亡くなるまでの夫の姿』で、消せますね。

また、『大切なことは記憶(過去)の中にある』と、郁子は認識していませんね。

 

107行目、「それが、ずっと長い間・・・」

大切なことは、確かに夫婦生活の積み重ねがあった、ということです。

 

③これが正解です。ここに書かれているとおりです。

郁子の中には若々しい夫の姿が刻まれていました。もちろん、わざわざ触れられてはいませんが、もうちょっと年を取ってから、各年代の夫の姿も刻まれているでしょう。

郁子は、夫婦の時間の積み重ねを実感することができました。

 

④⑤・・・全体的に本文から読みとれない内容ばかりです。

 

問6 表現 3分03秒

適当でないものを選ぶ問題なので、1つずつ検討していきます。

 

①問題ないです。

 

②これも全くその通りです。


3つ目が明らかにおかしいですね。「感謝した」は「他人に隠したい本音」にはなり得ません。

一般的な解説では、1つ目、2つ目は問題ない、とされていますが、こちらも違和感がありますね。

1つ目は心の中の心の中、いわば強調、2つ目は話の流れを止めないように純粋な( )だと思います。

④これもその通りです。

⑤これもその通り。これなんか、本文を読んでいる段階で気づけないといけないですよ。

⑥後者の方はいいでしょうが、前者の方から『悔やんでいる気持ち』は読み取れません。

 

これも間違いです。

第3問 古文

古文は設問の順でなく、本文に合わせて各問を扱っているのでご注意ください。

1/8 問3 理由説明問題 5分52秒

本文を解釈していけば十分わかりますし、何より理由を聞かれているので本文中の「ゆゑ」からもわかりますね。

③です。

 

本文中の「深く人の心にしみて」が選択肢中の『切実なもの』に、対応しています。

 

うまく訳している、というか、意味をとっていますね。


他の選択肢の検討はよいでしょう。本文にまったくない記述ばかりです。

 

 

〔該当部分:現代語訳〕

 

ある人が私にこうたずねた・・・世の中に恋の歌が多いのはなぜでしょうか?

 

私はこのように答えました・・・

 

まず『古事記』や『日本書紀』でみられる、たいそう古い時代の歌をはじめとして、代々の歌集にも恋の歌ばかりが特に多いです、

 

その中でも『万葉集』では「相聞」とジャンル分けされているのが恋の歌で、

すべての和歌を「雑歌」「相聞」「挽歌」という3つのジャンルに分けています、

 

特に八の巻、十の巻では、「四季の雑歌」「四季の相聞」というジャンルで分けています。

 

このように「恋」以外のすべてを「雑」といっていることからも、和歌は恋の歌を中心としていることを理解しましょう。

 

そもそも、どうしてこのように和歌は恋の歌が多いのかというと、恋はあらゆる情緒にまさって深く人の心にしみ入っているものであり、(言葉に出すことをがまんするのは)たいそう耐え難いものだからです。

 

だから、特に情緒深く優れた歌は、いつでも恋の歌に多いのである。

2/8 問1(ア)語句問題 4分30秒

「あながちに/わりなし」の、2つの語からできていますね。

 

古文って、最終的には漢字力です。

 

「あながちなり」は「強ちなり」・・・「強引」という言葉からふくらますといいでしょう。

 

①身勝手だ。無理だ。 ②ひたすらだ。ひたむきだ。 ③はなはだしい。


 

「わりなし」は「わり無し」

「わり」は「理(ことわり)」から来ています。

 

理が無いので ①「どうしようもない」   そこから転じて ②「この上なく」

・・・こちらは、おさえておくべき訳ですね。

 

選択肢をみてみましょう。どれも2つの部分からできています。

 

前者の「強ちに」に対応する部分では、①⑤がOK

後者の「わり無く」に対応する部分は①②③がOK

 

よって、①が正解です。でも、これは文脈から十分判断できますね。

  

〔該当部分:現代語訳〕

 

ある人が私にたずねました・・・

 

 

ふつう世間一般では、人々が常に深く願い、かつ包み隠していることは、恋よりも、自身の栄誉や財産を求める心の方が、ひたすらでどうしようもないもののようにみえますが、どうしてそのような内容は歌に詠まないのでしょうか。

3/8 問1(イ)4分15秒

「いかに」=「どのように」ですから、「いかにもあれ」=「どうでもあれ」

迷わず③と選べますね。

 

〔該当部分:現代語訳〕

私は答えました・・・

 

 

「情」と「欲」のちがいがあります。


まず、人々の心の中に様々に浮かんでくる思いはすべて「情」です。

 

その思い(「情」)の中でも、このようでありたい、あのようでありたい、と求める思いを「欲」といいます。

 

それゆえ、この2つ(「情」と「欲」)はお互い分けられないものであって、一般的に「欲」は「情」の中の一種、と言えます、

 

また、特に区別して、人をいとしいと思い、かわいいと思い、あるいは切ないともつらいとも思うような類を、特別に「情」と、いうこともあります。

 

 

そうとはいうもののやはり、「情」から出た思いが「欲」になることもあり、また「欲」から出た思いが「情」になるなど、(「情」は「情」、「欲」は「欲」のように)単純に分けられるものでなく、いろいろなパターンがあるが、どのようであれ、歌は「情」の方から出てくるものである。

4/8 問2 文法問題 4分12秒

①「あらねば」の「ね」が、打消しの助動詞「ず」の已然形です。

「已然形+『ば』」なので、確定条件です。

よゆうをもって、③がちがうと判断できます。

 

 

他の選択肢は、あっているということです。

 

「身に」の「に」が格助詞。


 「あらねばにや」の「に」が、断定の助動詞「なり」の連用形、「や」が疑問を表す係助詞です。

 

これらの情報から、破線部の意味が正確に取れますね。

 

「にや(あらん)」と「あらん」が省略された形で、「~であろうか」

 

これに確定条件の意味「~ので、~から」がくわわって、(「ね」は打消しの「ず」でした)

 

・・・「繊細でないからであろうか…」・・・と、なりますね。

  

〔該当部分:現代語訳〕

 

これ(歌が「情」から出てくるというの)は、「情」の方の思いは、ものにも感じやすく、しみじみと心を打たれることが、この上なく深いからである。

 

「欲」の方の思いは、ひたすらに願い求める心ばかりで、それほど、身に染みるほど繊細ではないからであろうか、ちょっとした花の色や鳥の鳴き声に涙がこぼれるほどには深くはない。

5/8 問4 内容説明

本文解釈の段階で、まず広い意味での「情」があり、その中に狭い意味での「情」と、「欲」がある、という構造が理解できていると、正しい答えを探しやすいですね。

 

 

2つの「情」を、区別している選択肢が正解です。


 

①(1文目)「欲」は人に深い感慨を生じさせることはないでしょう。

2文目)それっぽいこと言っているようですが、まったく本文で触れられていないことです。むしろ、「情」と「欲」が反対だった方が、もっと、それっぽかったですね。

 

1文目からまちがっている、としている先生が多いですが、私の個人的見解ではこの1文目は正しい解釈です。ただし、かなり深いところの解釈であり、本文にそこまでは触れられていない、といえばその通りなので、間違いであることには違いがありません。

 

2文目が、まったく違います。本文では、むしろ反対のことを言っていました。

 

③(1文目)広義の「情」と、狭義の「情」について、適切な説明です。

やはり、選択肢を先にみてはいけない、というのはこういうところにもあって・・・

一生懸命考えたうえで、まだ漠然としている状態なら、この選択肢をみて、パッと理解が進みます。

 

「一生懸命考えた」、というのが大前提です。誠実な作業をしていればこそ、選択肢が頼れるヒントになることもあります。何も考えずに、選択肢をヒントにしようとしても、それが、うまくいくことなんて、ほとんどないです。

 

2文目)「欲」について、これも適切な説明です。

 

3文目)も適切な説明です。

恋は「欲」から始まることもあるが、「情」により深くかかわってくるものなので、歌になる。

まさに、本文で述べられているとおりです。

 

 

④後半がいろいろとずれていますが、もっともダメと判断しやすいのは、2つの「情」・・・広義の「情」と狭義の「情」を、まったく一緒くたにしているところです。

 

⑤まず、「情」→「自然」、「欲」→「人工物」というカテゴライズがまったく意味不明。

恋が自然を愛するような心から生まれるなんて記述もなく、本文にはむしろ、恋は「欲」からはじまると、ありますね。

 

 〔該当部分:現代語訳〕

 

あの財宝をむさぼるような思いは、この「欲」という感情の方で、もののしみじみとした情緒とは程遠いために、そこから歌は生まれないのであろう。

恋、という感情も、もともとは(この、何かを欲する感情である)「欲」から来るのであろうが、(恋は)特に「情」の方に深くかかわってくる感情なので、生きとし生けるものが、逃れることのできない感情である。

まして、人は特別に物のしみじみとした情緒がわかるものであるから、特別に心に深くしみて、しみじみとした情緒がたまらないと感じるのは、(この「恋」という)感情であるのです。

 

その他のものも含め、とにかく、もののしみじみとした情緒があるところから、歌は生まれてくる、ということを理解しましょう。

6/8 問5 内容説明

後世というのは、武家が実権を握った鎌倉時代以降、戦国時代を通して本居宣長がこの話を書いている『今』のことです。

 

宣長の考えでは、『情』は弱い心ということで、恥じられるようになったということです。

 

しかし、和歌の世界では変わらず、和歌から生まれるのは「情」からだそうです。


①②③・・・解説いります?・・・ずれすぎ、ですよね。

 

④まったくその通りで、これが正解です。

 

⑤古文こそやはり、消去法がどうのの話ではないですね。

 

〔該当部分:現代語訳〕

そうではあるのですが、「情」の方は前にも言ったように、後世になると心が弱い(情にもろい、気が弱い)ことは恥ずかしいと感じる風潮になり、「情」のような感情を包み隠すことが多くなってきたので、あべこべに「情」の方が「欲」よりも浅いように見えるのであるようだ。

 

しかし、この和歌というものだけは昔からの心意気を無くしていない。

 

人の心の本当のありさまを素直に読んで、めめしく心弱いところもまったく恥じることなく歌に詠んでいるので、

 

後世になって優美になまめかしく詠もうと思ったら、

 

いよいよ物のしみじみとした情緒を感じる心である「情」こそ歌に詠むべきものであり、

 

 

あの「欲」という感情は疎むべきものであり、「欲」を歌に詠むなど思い立つことはあり得ない。

7/8 問1(ウ)

「さらに~(打消しの語句)」⇒「まったく・・・ない」

・・・この知識だけでも解けますね。

 

 

「懐かし」←語源は動詞の「なつく」・・・心がひかれる・・・ってことですね。


〔該当部分:現代語訳〕

ごくまれなことではありますが、あの『万葉集』の三の巻にも「酒をほめたる歌」のようなものがありました、

 

このように酒を題材とすることは漢詩では常識で、このような詩ばかりある、

 

しかし、和歌でこのような題材を扱うことは、たいそう気にくわないことであり、憎いこととさえ思われる、

 

よって、このような酒を題材とした歌などは、まったく私の興味をひかない。

8/8 問6

「歌」→「和歌」、「詩」→「漢詩」のことと意識できるかが、まず勝負の分かれ目です。

 

 

次に宣長は漢詩のことをぼろくそに言っていますね。みなさんにとっては意外なことかもしれませんが、これを読みとれるかが、大きなポイントです。


①宣長がもし、『万葉集』の「酒をほめたる歌」を評価していれば、この選択肢で正解です。でも評価していませんよね。これらの歌にも、ぼろくそに言っています。

 

②『万葉集』の「酒をほめたる歌」が漢詩の影響を受けてできたと判断できる根拠がないですね。

 

③「詩」=「漢詩」ということを意識できない人を想定した、間違い選択肢ですね。

 

④文章全体のまとめも兼ねた正しい選択肢です。

1つ目の「」・・・「情」は広義の「情」をあらわし、2つ目の「」の「物のあはれ」は狭義の「情」に対応しています。

 

⑤漢詩は物のあはれを恥じて避けたり、感受できないのではなく、もののあはれを重視せず、欲を重視していましたね。

 

〔該当部分:現代語訳〕

そのような(酒を題材とした)和歌などは、みてみようとも思わない。

 

これは、「欲」というのは汚い感情で、しみじみとした情緒があるものではないからである。

 

それなのに外国では、しみじみとした情緒である「情」は恥じてかくして、汚い「欲」をすばらしいものと言い合っているのはどういうことであろうか(、私には理解できない)。

第4問 漢文

1/7 本文解釈1

漢文は、他のものに比べ話全体から答えを導き出さないといけないものが多いです。

難しいから気をつけろ、ということではないですよ。

 

話が、短いですし、文自体は簡単ですからね、自然とそうなります。

 

と、いうことで、まず本文を一度読んで、文全体の意味をとることから初めてみます。


〔現代語訳〕

王嘉祐(おうかゆう)は、(北宋の有名な文人である)王禹偁の子である。

 

嘉祐は、平時は愚かなようであったが、(決してそうではないことを、)(北宋の有名な政治家である)寇準は知っていた。

 

(寇準が嘉裕の能力を知ったエピソードが、ここからはじまります。)

 

寇準が開封府の知事をしていたとき、ある時、嘉裕に質問した

 

寇準:「世間は、私のことをどのように(議)しているであろうか。」

 

嘉裕:「世間はみな、あなたは間もなく朝廷に入り、役職に就くだろうと、言っています。」

 

寇準:「あなたは、どのように思いますか。」

 

嘉裕:「私めが、これをみて(思うのは)…〔問3〕

 

 

寇準:「それは、なぜですか。」

2/7 本文解釈2

寇準が感心した、嘉裕の非凡な見識です。

 

〔現代語訳〕

嘉裕:

 

 

古代より賢相(賢く優秀な宰相)が、功績をあげ、人民を(問1Y)することができたのは、君主とその臣下である宰相が、お互いを得ることが、魚にとって水が有るように、極めて、良好な関係があったからです。


そういう関係であるからこそ、宰相の意見が採用され、その計画が実行され、君主・宰相ともどもに、美しい功名として残るのです。

 

今、あなたが天下の大きな期待を背負い宰相となれば、うちわも世間も平和な世の中にしてほしいと、あなたに望むでしょう。

 

さて、あなたと君主の関係は、今、魚と水の関係になっているといえるでしょうか。

 

 

私が、あなたの名声が失われるのではないか、と心配する理由はここにあります。

3/7 本文読解3

寇準が嘉裕の能力を絶賛します。

 

〔現代語訳〕

 

寇準は喜び、立ち上がり嘉裕の手を取って言った。

 

 

あなたの父の元之は、文章においては天下一であろうが、深い見識や思慮においては、ほとんどあなたにかなわないでしょう。


4/7 問1

X:漢字一字から熟語を起こすのが基本ですね。

 

「議」から「議論(する)」という、ボキャブラリーは出てくるでしょう。

 

 

宰相という大きなポジションにつきそうな寇準にとって、世間が自分をどのように評価しているかは、当然気になるでしょう。


次の嘉裕の言葉からも寇準は、じきにの宰相になりそうだ、とうわさされているのは確かです。

②⑤のように否定的なものは考えられませんし、その後、嘉裕の意見を聞いて喜んでいることからも、寇準としては客観的な話を聞きたかったということもわかります。

よって、④も十分に不自然です。

 

あくまで中立的な③でよさそうです。(①は、さすがにないですね。)

 

Yのほうで確認してみましょう。

 

「沢」・・・熟語を考えても「贅沢」や「沢山」などしか思い浮かびませんね。

しかたないので、文脈から判断しましょう。

 

優れた宰相が人民にすることなので、やはり③の「恩恵を施す」でいいでしょう。

 

「水」「田畑」「物資」のような限定されたものより、こちらの方がそれっぽいでしょう。

⑤では弱いですし、そもそもXの方が全然ちがうので、きれます。

 

なお、こういい機会にまめに漢和辞典で調べてみると効率的です。

「沢」を漢和辞典で調べてみましょう。

確かに「うるおい、めぐみ、恩沢」という意味があります。

 

「沢(さわ)」→「水のある所」→「うるおい、めぐみ」→「恩恵」と、連想できないこともないですね。

 

5/7 問2

「士は己を知る者のために死す。」

 

「知る」というのは、このように「(その能力や人間性を)知っている」というような、かっこいい文脈で使われます。

 

ポイントとなるのは、本文中の「平時」


 「平時」の対になる語は一般的には「乱世」ですが、この物語の舞台は乱世といってよいでしょうか?

 

ちがいますよね。

この物語は決して乱世に嘉祐は特別な才能を発揮した、という話ではなく、その賢さ・見識を示した物語です。

最後に寇準が嘉裕の「深式遠慮」をほめたたえています。

 

 

 

よって、答えは②でなく①になります。

英語の文法知識が頼りになります。

中国語も基本は「(S+)V+O」

 

ここでも「準(S)」「知(V)」「開封府(O)」です。

全体的に「寇準は開封府を(知)していた」・・・というような意味です。

 

開封府は現在日本でいうところの「静岡県」のような行政単位です。

 

寇準は政治家です。

「開封府を・・・(何)していたか?」・・・と考えると、「治めていた」のような言葉が浮かびますね。

 

「知」という字にそんな意味があったっけ?と思いながら選択肢をみると③に「知事」の語があります。

知事は日本の行政単位では都道府県の首長を指します。そういう意味があったのですね。

 

 

というわけで③が答えです。

6/7 問3

(ⅰ)(ⅱ)を、まとめてみていきましょう。ここの説明は、動画の方がわかりやすいかもしれません。

 

(ⅰ)まず再読文字「未」に注目。この字が再読文字として使われていることは、すべての選択肢に共通しています。

 

「未」は下に動詞句をともなって「未(A)」=「いまだ(A)ず。」

 

(A)のところには「為相」=「相と為(な)る」がきます。


このように(A)にくるのは、単独の動詞だけではなく「動詞+目的語」の(動詞句)が来ると理解すると、文法力が上がりますね。

 

ということで、ここのかたまりは「未だ相と為(な)らず」となります。このくらいは、とれないといけません。

 

 

そうなんです。まさに英文法と同じなのです。

 

「動詞+目的語」が1かたまりのように、英文を読むときには「前置詞+名詞」で1かたまりで抑えなくてはいけませんでした。

 

 

改めて傍線部に戻りましょう。

 

「(A)不若(B)」〔AはBにしかず〕(AはBには及ばない)

 

比較の形としては「不如」の方が一般的ですが、選択肢の(ⅰ)の5つのうち4つが比較として、書き下しているので、「比較」として判断してよいでしょう。(選択肢を、漢文のこういうところで参考にするのはいいでしょうね。)

 

と、すると・・・

 

Aには「丈人(あなた)」、Bには「未為相(まだ宰相にならない)」が、あたります。

 

AとBが、対等でないですよね。

 

「丈人」は、Aではなく主語で、Aは省略されていると考えるのがよいでしょう。

 

すわなち「不若(B)」単独で「(Aよりも)Bのほうがよい」という、意味になるということです。

 

英語で「前置詞+名詞」「接続詞+文」の形は絶対です。

それで「不若」がかかっているのが「未為相」ではなく「丈人」と、取り違えている①⑤は消せます。

 

後は本文全体の内容からです。

嘉裕は寇準に、まだ皇帝との信頼関係ができている状態ではないから宰相になるのはやめた方がいい、といっていますよね。

意味から④が正解です。

 

 

②③とも、文法的に不自然といえるところがないことないですが、なにせ古代の中国語です。

それに書き下し文そのものも日本人が勝手につくったものです。

よって、文法的にダメ、という理由では②③は消しづらいです。このように文脈から消しましょう。

 

 

(ⅱ)順番はずらしていますが、それぞれ(ⅰ)の選択肢の書き下し文に対応しています。

 

(ⅰ)を④とはっきり判断できれば、こちらは③とすぐに判断できます。

(ⅱ)から、攻めていってもよかったですね。

 

 

「誉望」を「名声」と訳しているところなど参考にしましょう。

7/7 問4~問6

問4

「君」は、「きみ(あなた)」の意ではないことに気を付ければ大丈夫でしょう。

 

「故に(だから)」とあるので、全文を見直しましょう。

 

宰相と君主の信頼関係があってはじめて、君主は宰相の意見を取り入れる、というような内容でした。

 


 

(ⅰ)宰相の意見を、(ⅱ)君主がとりいれます。

 

選択肢でいうと、(ⅰ)については③および、①「丈人(あなた)」も文脈からOKです。

 

(ⅱ)について、③と⑤がOKなので、正解は③になります。

問5

嘉裕の主張は、皇帝と信頼関係ができているかこそ大切だ、というものなので②が正解。

 

他の選択肢については、

 

①と⑤は、寇準が宰相候補であることをとれていないことを想定した選択肢。

 

③④は、本文にない内容を含んだ選択肢。

問6

 

 

 

 

 

 ここまで解説する必要も、ないかもしれませんが・・・

 

選択肢の中の共通している「したがって、・・・という『点』では、」が、本文の「『於』深識遠慮」の部分の『於』という置き字に対応しています。これだけで、正しい答えを判断できます。

 

「深識遠慮」は聞いたことないかもしれませんが、似たような言葉に「深謀遠慮」という言葉がありますよね。

きっと、似たような意味でしょう。

 

「識」=「見識」、「慮」=「思慮」のことだとは、わかりますし、見識や思慮が「深い」あるいは「深遠な」というかたも、ふつうに受け入れられます。

 

選択肢を順にみていきますと、他のところにも問題はありますが、特にこの点に注目して、答えは④と、わかります。



以上です。

ご意見・ご感想お待ちしています。

 

富士宮教材開発

 

井出真歩



他の教科・年度の過去問解説は、こちらのページから紹介しております。

その他の高校生向け教材は、こちらのページで紹介しております。


シェア歓迎します。リンクもフリーです。